2005年05月11日

ハイド・アンド・シーク/暗闇のかくれんぼ


彼らの愛する妻であり母だったアリソンが、自ら命を絶ったのだ。浴室で手首を切り、血塗れになった母の姿――それはまだ9歳のエミリーが受け止めるには、あまりに大きな衝撃だった。すっかり心を閉ざしてしまうエミリー。心理学者であるデビッドは幼い娘の心の傷を癒そうと、エミリーと飼い猫のセバスチャンと共に、ニューヨーク郊外の湖のほとりある静かな町に移り住む。家中がアンティークのような古く大きな一軒家は、理想の住まいに思われた。しかし、エミリーは周囲と打ち解けようとせず、いつしか地下室で“見えない友達”と遊ぶようになっていく。「チャーリー、どこにいるの? 出ておいで……」――暗闇に響くエミリーの声。心に傷を抱える子供が、想像上の友達と遊ぶのはよくあること。だがチャーリーと名付けられた、エミリーの“見えない友達”は、ただの遊び友達ではなかった。深夜、浴室での物音に気づいたデビッドは、そこにクレヨンで殴り書きされた「彼女を殺したのはお前だ」の文字を見つける。振り向けば、泣きじゃくるエミリーの姿が。「書いたのは私じゃないわ、私じゃない……チャーリーなの」

 さらに町で親しくなった女性エリザベスを家に招いた夜、猫のセバスチャンが殺されてしまう。「チャーリーがやったのかい?」「エリザベスが悪いのよ」「パパは世界で誰よりもお前を愛してるんだ」「ママも死ぬ前にそう言ったわ……」――デビッドは愛する娘の心の闇を開くために、すべてを投げ打つ決意をする。しかし、それはさらなる悲劇の始まりに過ぎなかった……。




退社後、同期のコと見に行ってきました。
意外にもレイトショーで映画を見るのって初めてだったわけですが、
レイトショーだと終わった頃には売店がしまってしまっているので、パンフレットが買えないのね。
面白かったから買おうと思っていたのに残念。何かの機会に買うことにしましょう。


ダコダ・ファニング、スゴすぎ。この映画はこの一言に尽きるんじゃないかと思います。
母親と一緒で幸せそうな顔。その母親が自殺した時の無表情な顔。新しくできた友人を追い返すときの狂気に満ちたように見える顔。恐怖におびえる顔。(そしておそらく二重人格も?)
この子の引き出しはいったいどれだけ多いんだ?と映画の内容とは別の次元で素直に感動してました。

内容はというと、予想よりもホラーな映画でした。
というか、予告などで<超感動スリラー!>って煽っている割には欠片も感動はありません。
だってホラー映画でどうやって感動するのよ?最後に助かるシーン?
とまあそんな疑問が浮かんできそうなストーリーではありましたが、別に面白くなかったとかそういうわけではありません。


終盤まで誰(何?)がチャーリーなのかさんざん考えさせてくれるサスペンス仕様なのですが、
チャーリーの正体がわかってからはひたすらホラー。これはこれで怖くてオモシロかったんですけどね。

ただチャーリーの正体には納得がいくようないかないような。
なんというか広義な意味ではこれも夢オチになるんじゃないのかな?
結末がわかってからだと、ツッコミどころが多すぎるのが難点でしたな。

そういや、冒頭のクレジットでの意味ありげな色変えを見たときに、
「お、こだわってるな〜」とか思ったけど、後から考えても何が表示されていたかを覚えていないからほんとに意味があったのかまではわからんですよ。

噂によると別エンディングがあるらしいんだけども、そういうのってどうなんだろうね。
posted by fool at 00:00| ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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